人生の転機

70歳を過ぎ環境、心境、共に著しい変化を迎えました。

又、教室でゆっくりお話をしたいと思っています。

 

先日、ある教室に会員さんが中学生と父親を連れて来られました。

この中学生は県でも1~2を争うマラソンの選手だそうですが

足に腫瘍が出来、3回手術を行い、その結果走る事が出来なくなりました。

そして、いつものように前から気を送ったら一瞬で走れるようになりジャンプが

出来るようになりました。

父親は感動のあまり涙を浮かべ喜んでいました。

『この結果は金には替えれません、息子が走る姿を見たのは2年ぶりです』

このように感動の言葉を告げてくれました。

そしていつものように教室は感動の渦に包まれました。

 

しかし一週間後生徒を連れてきた会員さんから電話がかかってきました。

その後も普通に元気に生活をしていたのですが、この状況を主治医に見せたところ

受け入れるどころか、もう一度手術をしないと大変なことになると告げられ

再度手術をする事になったそうです。

 

もう私のコメントはありません。

又、前の状態になる可能性があると思いますが、その時は

お断りするつもりです。

 

京都の大嶋さんが琵琶湖のほとりで開業されました。

3階建ての立派な住居兼ヒーリングルームです。

皆さんと一緒に是非訪問したいと思っています。

 

ミラクル

3月は雑務に忙殺されました。

我が家の梅も満開をとっくに過ぎTVでは桜の開花のニュースが

報じられていました。

2月に難病から脱却した新潟の若い女性は毎日元気に生活しており

食欲も旺盛で5年もの間、闘病生活をしていたとは信じられない

くらい元気いっぱいの生活を送っています。

時々連絡をとっているのですが今日は何を食べたと逐一報告をしてくれます。

時には友人数人と食事に行ったり車を運転して家族の送り迎えをしたり

家事全般をこなしたり今までの人生を取り戻すかのように人生を謳歌しています。

 

先月の事です、ある教室の終了後に生徒さんの一人が相談を持って来られました。

83歳の彼女の父親が1週間前に脳出血を起こし現在、集中治療室入っているので

助けて欲しいとの事でした。

入院している国立病院までどれくらいの距離ですかと聞くと車で20分くらいと

言うので、じゃあ今から行きましょうと告げて二人で病院に向かいました。

集中治療室では静かに寝ておられましたが脳の出血のため手と足が腫れて自由が

ききません、

おまけに発熱をしておられました。

看護師さんに頭の出血の場所を教えてもらい、そこに30分ほど気を送り

その後病院を後にしました。

そして翌日連絡が入り気を送った次の日、熱も下がり集中治療室から一般病棟に

移ったそうです。

又、その4日後には自宅の近くの病院に転院の許可が下りたと連絡がありました。

その1週間後にはミラクルが起きたと連絡がありました。

それは動かなかった右腕が動くようになり尿意が分かるようになったと喜びの

報告でした。

 

毎月いろんな所で感動を味わうのですが、その感動を活字で伝えるのは困難です。

詳細は次の教室で報告したいと思っています。

 

次回の教室のテーマは治しているのか気持ち良くしてやってるのかという

事を学びたいと思っています。

 

 

 

金メダル

今月初め雪に埋もれていた我が家の庭にやっと春の訪れがきました。

1週間前に70歳の大台に乗ってしまいました。

テレビではいつも60歳以上の高齢者と言っていますが、それより10歳も

上回ってしまいました。

さて引退も遠い先の話ではなくなってきましたが教室をすべて終了する時には

その時点で教室に在籍されてる方々を記録に残し私が元気でいる間はその方々の

ご要望に全てお応えするつもりです。

もちろん、その時は事務局もなくなるので、もう私と連絡をするすべがなくなります。

今でも15年前、20年前にどこどこ教室に来てたと言って病気の相談が事務局にきますが

丁重にお断りしています。

私は何よりもご縁を大切にするので一旦ご縁が無くなったら過去の人になってしまいます。

過去の人より現在の人が最優先です。

自分の年齢を考えたら全ての人の要望にお応えするのは限界があります。

 

前回、難病が回復した話を書きましたが今日はその後の経過報告をします。

新潟の女性は現在28歳、23歳から難病に襲われ5年間の入院生活を余儀なく

されていました。

病名は難病指定99番、慢性突発性擬性腸閉塞という難病で完治する可能性は

皆無に近い病です。

この詳細はネットに説明があり難病指定99番で検索が出来ます。

又、彼女は身体障害4級です。

毎日小腸の激痛に悩まされ多い時は1日9回鎮痛剤の注射をしなくてはならず

薬が切れる時にはその副作用で身体全体に虫が這うような嫌悪感に悩まされ

食事は1日の内、昼食だけで内容は、おかゆのみ、もっともひどい時は3ヶ月間

点滴だけで過ごしたそうです。

そして一時は胃ろうもしていたそうです。

人工肛門をつけ肩の所には鎮痛剤の点滴を注入する穴を開けていました。

今月5日に初めて彼女と病院で会った時に先ず最初に今、何をして欲しいと聞いたら

鎮痛剤の薬が離脱状態で今はその副作用の為全身に蟻かゴキブリが這ってるような

感じで苦しいのでこれを取って欲しいと訴えており足の裏から3分間気を送ったところ

その(もぞもぞ感)が瞬時に消えて無くなったと、すごく喜んでくれました。

又、鎮痛剤の点滴を行った後その穴の所に必ず菌が入り化膿して腫れ痛みが出る

そうですが、その穴の所に一度気を送ったら、その後全く化膿する事がなくなりました。

その後、私は九州にとんぼ返りで自宅に戻りました。

その翌日から気を送ったのですが3日間で今までの症状が全て消失し

5日後の2月10日から3日間一時帰宅し食事も普通食に戻り鎮痛剤も睡眠薬も

精神安定剤も全ていらなくなり、その結果2月14日に退院しました。

奇しくも翌15日は私の70歳の誕生日でした。

卒業、そして新たな出発と不思議なご縁を感じました。

彼女と初めて出会った日から10日目の退院でした。

入院中の状態としては危機的状況だったそうです。

退院後は食欲も旺盛で何事もなかったように元気に暮らしています。

しかし、不思議な事にその直後から私のお腹にガスが大量発生し1日中おならが

止まりません。

その状態は今も変わらず新幹線の中、飛行機の中、エレベーターの中と

所構わず発生するので、それだけが困っています。

以前目の難病を数分で回復させた、その4日後に私が同じ目の病になり

回復するまで3年以上かかり今もその後遺症が残っています。

それと同じ状態で彼女の腸が回復するにつれて私の腸にリンクしたと思われます。

もちろん全く不安は感じていません。

とは言ってもぎっくり腰や骨折などとは次元が違い難病と闘うには

それなりのリスクを覚悟しなければなりません。

生半可な気持ちでは自分が潰れます。

 

今までの入院生活を振り返り『あの5年間はいったい何だったのでしょうか』と

彼女が今現在の率直な心境を語っています。

病院でも何が起きたのかドクター、看護師の皆さんが狐につままれたような

状態になっています。

気を送ったのは最初の3日間だけで、その後状況を聞くために時々連絡を

とっているのですが、新潟ですから今朝は雪かきをしたとか車で買い物に

行ったとか普通の生活をしています。

そして感謝の気持ちをいっぱい伝えてくれます。

今までたくさんの感動を味わってきましたが今回はとびっきりの『金メダル』でした。

教室では彼女の生の声を電話で伝えてもらっています。

時々気を送って欲しいと全く知らない人から事務所に電話がかかってきますが

丁重にお断りしています。

気を送る対象は教室の生徒さん限定です。

以前も糖尿病を遠隔で気を送って欲しいと依頼がありましたが

糖尿病が遠隔で治るほど甘くはありません。

 

このような事からみなさんに問いたいのは医療とは何なのかという事です。

もう一度一緒に考えてみようではありませんか!

これからも西洋医学では成し得ない難病に手を差し伸べたいと思っていますが

これほどの難病です、成功率はかなり厳しいものがあります。

それはなぜなのか詳しくは教室で話をしたいと思っています。

そして引退後は登録された皆さんのご要望にお応えしようと思っています。

 

もう一件難病にチャレンジをしているので結果が出たら又報告をしたいと思っています。

 

先日滋賀県の彦根に行ってきました。

彦根城とひこにゃんです。

神のご加護に感謝です。

九州も大雪です。

3日から5日まで群馬の温泉に泊まり込み特選会を行いました。

いつもなら、この天候不順な時に行わないのですが昨年の入院という

アクシデントの代替えで行いました。

講義は4日の一日だけでしたが今回も新しい発見と感動の素晴らしい

講習が出来ました。

毎回、回を追うごとにレベルアップの上昇を実感します。

さて講習の終了後に生徒さんの一人から難病の女性の事で相談があり

新潟という遠隔地ですがヒーリングを引き受ける事にしました。

早朝3時半にホテルを出発し猛吹雪の中、いつもなら2時間で到着する

ところを吹雪で視界の悪い高速道路を4時間かけて到着致しました。

そして入院中の彼女のヒーリングを行い、とんぼ返りで東京に戻り

その足で羽田空港から九州に戻りました。

もちろんヒーリングは、いい結果に終わりました。

夜10時過ぎに自宅の近くの駅からタクシーで我が家に向かいましたが

運転手が雪で危ないので、今日はこれで上がりますと言ったので

ラッキーでした。

今朝は20センチほどの積雪のため家から一歩も出れませんでした。

いつもの事ですが大雪の悪天候の間隙を縫って東京、群馬、新潟まで

足を延ばし無事、勤めを果たすことが出来ました。

こんな時いつも神のご加護を感じ感謝の気持ちで、いっぱいになります。

今週末から東京教室、名古屋教室と続きますが無事開催する事が

出来ると信じています。

 

我が家の庭にも雪、雪、雪

隣の家の倉庫につららが。

近所の家にも雪が降り注いでいます。

進化

早いもので今日から2月です。

1月の教室でもたくさんの感動がありました。

詳細は教室でお話したいと思っています。

 

昨年の脳梗塞の後遺症で歩行がスムーズにいかないので、いつも違和感を

感じていましたが昨日、福岡教室の長老(80歳)のKさんがヒーリングを

やってくださるというのでお願いしました。

なんと2時間気の針を打って下さり、その間激痛で40~50回ほど悲鳴を

あげました。

しかし終了後には歩行が、かなり改善され感動いたしました。

普段の努力のたまものだと称賛の言葉を差し上げました。

聞くと出張ヒーリングも精力的にこなしておられるとの事で本当に

感心いたしました。

これなら開業しても、なんら問題ないと思いました。

Kさん有難うございました。

厚く御礼申し上げます。

今後益々のレベルアップ期待しています。

 

気を学ぶのが目的ではなくゴルフで痛めた膝や腰を治してもらうのが目的で

教室に来られる人がいますが皆さんから受講料をいただいて開催して

いる月に一回の大切な教室です。

短い貴重な2時間の中で個人のヒーリングの為に時間を費やすことは出来ません。

ですから、いつも言うように教室では治療行為は致しません。

 

1月の東京教室では1日体験で50代の男性が参加されました。

話を聞くと長年脊柱管狭窄症で苦しんでいるとの事でした。

気を体験してもらうために私の前に立ってもらったのですが一瞬で

後方に飛ばされました。

そして立ちあがった後、腰の痛みはどうですかと聞くと痛くありませんと

にこやかに応えてくれました。

本人は何が起きたのか分からず狐につままれたような顔をしていました。

それを見ていた親子が魔法みたいですねと不思議そうな顔をしていました。

母親は長野から娘さんは九州の長崎から来たそうです。

実は娘さんの側弯症のヒーリングを受けるため東京に来られたそうです。

ヒーリングを受ける前には一度体験をしていただくようお願いしています。

そして先述の男性のように私の前に立った瞬間に側弯症が回復してしまいました。

勿論そこでヒーリングをする予定はなかったのですがラッキーでした。

実はこの母娘は長年教室に参加しておられる方が連れてこられたのです。

身体に問題を抱えている方を教室に案内するというのは相当の信頼関係が

なければ紹介しにくいと思います。

だからこそ、こういう場合期待を裏切らないように全力で取り組むのです。

 

以前糖尿病からくる失明の事で相談がありましたが私には力がありません。

それほど糖尿病というのは怖い病気です。

失明までまったく自覚症状がないので糖尿病の知識がない人は危機感を感じません。

しかし一旦症状が進むと現代の医学では手の施しようがないのです。

 

朝、目が覚めて目が見える耳が聞こえる手が動く足が動く、なんと有り難い事か

毎日感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今月15日に70歳になります。

春夏秋冬の四季があるように人間も四季があるようです。

10代は春、20代から40代は夏、50代から60代は秋、70からは冬

そして枯れ葉のように散っていく、そんな気がします。

自然の季節は永遠に繰り返しますが人間の四季は一度きりです。

残り少ない人生を大切に生きたいと思います。

 

今年のモットーです。

 

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