福岡講演会のご報告

楽しみにしていた福岡での講演会は昨日無事終了いたしました。

200名超の方がご来場いただき熱い熱気に包まれた2時間でした。

今回も足首を骨折して歩行困難の女性が30秒ほどで駆け足が出来るようになったり、感動の連続でした。

参加くださった皆様、ありがとうございました。

厚く御礼申し上げます。

写真から、盛り上がった会場の雰囲気を感じてみてください。

明日は福岡講演会です。

半年ほど前から着々と準備をすすめてきた、福岡講演会もいよいよ明日になりました。

おかげさまで、予定の200名に近づきました。

久しぶりの地元福岡での講演会なので、ワクワクしています。

先週、品川プリンスホテルで品川地区のロータリークラブの例会で講演を致しましたが、そのような時と違い今回は、生まれ故郷の福岡での講演なので方言丸出しのしゃべりです。

しゃべりひとつで、リラックス度がずいぶん違います。

今回はどんな感動が待ち受けているのか楽しみです。

今日の福岡の天気は曇りで風が強いのですが、寒くなく肌に心地よい春風です。

『春風に似たる心になりたしと、吹く春風に吹かれつつ思う』

このような心境です。

さあ、明日はいろんなところから参加してくださるみなさんの期待を裏切らないように張り切って参ります。

感動の報告は後日のお楽しみです。

現実

毎日、震災の後の後片づけなど復興の様子がテレビから流れてきます。

その中でのひとコマです、中学生の男の子が足にヒビが入りケガをしたのですが、医師もいなく病院もなく困っていたところにイスラエルの医療チームがやってきて彼を診察し、足にギブスを固定するところが映っていました。

おそらく、ギブスがとれるまでに数週間かかるでしょう。

被災地ではこのようにケガをしたり、腰痛などの身体の痛みを訴えている人達がたくさんおられると思うのですが、医師不足や医療施設がない為になすすべがないままに苦しんでおられるのが現状だと思います。

このような場面を見るたびに、今すぐにでも飛んでいってたくさんの苦しんでいる人たちを救ってあげたいと思いつつ、じくじたる気持ちでいっぱいになります。

日本というのは、医師、理学療法士、鍼灸師というように国家が定めた資格という肩書がなければ何も出来ず、どこも受け入れてもらえません。

今、自分が出来る事で一人でも多くの人達のお役に立ちたいと思っても残念ながら大きな壁が立ちはだかって身動きひとつ出来ません。

今出来る事は、ただひたすらに祈る事だけです。

これ以上余震が起きないように、そして被災地のみなさんが一日も早く元の生活に戻れるように、祈り続けます。

京都ではもう桜も終盤です。

各地のみなさん、花見は終わりましたか?

毎年、満開の桜を見るたびに「ああ、今年も桜を見る事ができたなあ、後何年見れるかなあ」そんな事を思うようになってきました。

明日は京都教室です。

そして、福岡講演まで後一週間になりました。

体調を整えて全力で臨みます。

 

日々思う事

永年教室での講義を続けてまいりましたが、生徒さんで5年、10年、15年と継続される人達もたくさんおられる半面、半年、1年、2年という短期間で去って行く人もたくさんおられます。

今まで永年にわたり「継続は力なり」という事を唱え続けてきましたが、一口に継続と言っても至難の業のようです。

その難しさというのは、ひとつには目に見えない世界であり、日々の精進の結果が具体的な形で確認出来ない事にありそうです。

先日、教室の講義の中である生徒さんが「それは、半年、1年ですぐに先生のようになりたいと性急に考えるからであり、1年くらいで何も変化がないとあきらめてやめてしまうのではないかと思いますよ」と、おっしゃられました。

その言葉に私は何と応えてよいのか返答に窮しました。

医師、料理人、治療家等々特殊な技術を要する職業の世界では技術の習得に10年というスパンをひとつの目安にしており、1年、2年で習得出来るものなど聞いたことはありません。

もちろん技の習得には個人差があると思いますが、やはりすべての分野において日々の努力が求められ、その努力の結果が高い完成度となって表れるのだと思います。

例えば陶工の世界を例にとってみると、その世界に入って先ず最初に師匠から粘土のこね方、形成の仕方等指導があると思うのですが、このように一定の基本的な事を学んだ

後は、ただひたすらに独自に実践を積み重ね、その実践の過程の中で様々な問題や疑問に遭遇した時に師のアドバイスを受け、問題解決ののち又実践を繰り返すという反復訓練を行う事で技術が完成していくのだと思います。

気の世界も同様で、ある一定の事をお伝えした後は日常生活の中で、何をどのように、どの程度実践したかという事が重要なのです。

そして、その実践の過程の中でぶつかる様々な疑問や問題点を教室で議論し問題解決の糸口を模索し互いのレベルアップを図っていくのです。

気というのは水道の蛇口をひねってすぐに水が流れるような、そんな簡単に出せるというものではありません。

毎日、毎日少しずつの積み重ねがある日、身震いするような感動を生むのです。

私は、いつも教室でもっと貪欲になって下さい、そしてもっと私にぶつかって下さい、私は絶対に逃げません、待っていますと訴え続けています。

「産みの苦しみ」という諺がありますが、まさに日々の途切れる事のない努力の継続の中から素晴らしい宝物に辿り着くのです。

先日ある教室の方から「教室に半年通ったけど、何も感じないのでもうやめます」と告げられました。

では、月1回の教室から次回までの1ヶ月、どんな実践をされましたかと、聞くと「何もやってません」という返事でした。

教室は1回2時間、半年通ったといっても12時間です。

「でも、もうやめます」との言葉に、私は返す言葉が見つかりませんでした。

12時間くらいで習得出来る世界があるとすれば、何があるでしょうか?

自転車でさえ12時間くらいで乗れるようになれるかどうか疑問です。

人それぞれに顔の形が違うように、物の見方考え方は百人百様、千差万別です。

しかし、何人と言えども努力というのは必ず報われます。

宝くじでも一見他力本願的ですが、それでもあきらめずに毎回買い続けるという努力がある日幸運な結果をもたらすのです。

そして、買い続けるという努力を放棄したその時から永遠に幸運とは無縁になってしまいます。

努力をすれば必ず報われます、この言葉を信じて欲しいのです。

私も年齢的にこれから後、何年続けられるかなあというところまできてしまいました。

私がすべて終了してしまえば、今まで永年継続してきたこの素晴らしい世界が一代で終わってしまいます。

それ故にこの素晴らしい気の世界をもっと、たくさんの人々に伝え、願わくば若い後継者を育てなくてはという思いが日々つのります。

前述のように、10年というスパンを考えた場合もうそんなに残された時間はありません。

日々、あせりが増してゆく今日この頃です。

今回は長くなりまして申し訳ありません。

春の足音

ブログを振り返ってみると、昨年は2月24日に菜の花の便りをお届けしました。

今年の菜の花は3月31日です。

季節の移り変わりというのは、こんなにも違うものかと驚かされます。

ましてや、人の心の移り変わりなど知る由もありません。

すべてが日々刻々変遷してゆきます。

九州では今から桜の季節です。

早咲きの桜を愛でる間もなく、重い腰を引きずりながら明日から今だ寒さ衰えぬ極寒の京都に向かわねばなりません。

そして、明後日は東京教室です。

情報によると、東京の街は計画停電で暗く沈んでいるとの事、果たしてみなさん来てくれるのやら・・・

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